Iターンで有田川町へ
京都市内で生まれ育った松原正さんが、有田川町との接点を持ったのは29歳の頃。大阪での営業マン時代に取引先として出入りしていた工場でモノづくりの現場を目の当たりにし、「自らの手でものをつくる」ことへの憧れをつのらせていた。
「自分も、何かをつくる側に回りたい」。そんな思いを実現できる手段を探り始めた頃、旧清水町(現・有田川町)の役場が農業の担い手を募集していることを知った。求められていたのは、単なる期間限定のお手伝いではなく、3年にわたって金銭的・技術的サポートを受けながら、最終的には独立を目指している人材。そんな点に魅力を感じたという。この取り組みは、当時全国に先駆けて町が単独で始めたもので、松原さんはその第一期生となった。
支援を受けながらトマトの栽培に携わり、ものをつくる喜びを感じて、徐々に山の暮らしにもなじんでいった。だが、3年が過ぎた時、厳しい現実に直面することになった。「農業だけで食べていくのは難しい…」。経済的な余裕はなかったが、山での暮らしに愛着を感じていた松原さんに、この土地を離れるという選択肢はなかった。「ここに残ることを前提に、新しい仕事を探し始めました」。
新たなスタートで工場を軌道に乗せた松原さん
全笑の看板商品「ねり七味」と「にんにく唐辛子」
「全笑」との出会い
いったん農業から離れることを決めて、新しいやりがいのある仕事を求めていた松原さんが、株式会社全笑と出会ったのは、2010年の頃。顧客の拡大を狙って有田川町宮川にある工場を本格稼働させようとしていた、全笑の平野仁智社長の戦略に、松原さんの「ものづくりの仕事に関わっていきたい」という気持ちがぴたりと重なった。成功すれば、生活の安定と共に当初からの夢もかなえられる。松原さんの新たなチャレンジのスタートだった。
全笑では、自社ブランドのオリジナル商品も作っているが、メインの仕事はスパイスメーカーへの原料の供給やOEM(相手先ブランド製造)だ。その業務を確実に遂行するために必要な設備を整え、工場の機能をレベルアップさせるための努力が続いた。さらに、注文品のブレンドの割合を試行錯誤しながら完成させたり、出来上がった商品の日持ちのテストを行ったりと、品質の向上を常に意識することでお客様を増やしていった。
「全笑の名前は知らなくても、結構みなさん、うちの製品を召し上がっていると思いますよ」。七味や柚子胡椒、ちりめん山椒などの原料の唐辛子や山椒を加工して数多くのメーカーに提供している。